テーマ:新居浜の文化財・産業遺産

三島神社(船木高祖)。

このところ外出の自粛要請で部屋に籠ることが多いけど、 時には気分転換の為に以前訪れていた神社・お寺を参拝しているんだ。 まあ、これらの地なら人に会うことはまずないからね。 で、この三島神社を初めて参拝したのは11年前。 その時の様子は https://67863178.at.webry.info/200906/articl…
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大師泉縄文遺跡&オオバタネツケバナ(大葉種付花)。

この泉付近には縄文時代から人々が生活していたと推測されている。 それが証拠には数々の土器が出土しただけでなく、 弥生時代後期の銅剣(2振り)も発見されている。 恐らく、この辺り一帯は当時は新居浜の中心地であったと推察出来る。 また、この泉の周辺にはオオバネツケバナ※の市内では唯一の群生地。 昭和52年に新居浜市の天然記念物…
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前にエントツ山に登ったのはいつだったか忘れてしまったけど・・・、

昨日は前夜呑んだ酒が頭にちょっと残っていたので、 寒いのを我慢しながら自転車で走っていたんだ。 途中、山根公園で一休みしていたら生子山のエントツが目に映った訳。 その瞬間、躊躇することなく、エントツ山に登ろう、と思ったよ。 早速、エントツ山の登山口まで自転車を走らせたんだ。 唐突だけど、この登山口には立派な句碑があるのを知…
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遠登志橋(おとしはし)は平成17年国の登録有形文化財に指定。

鹿森ダムに注ぐ小女郎川沿い(遠登志渓谷)を歩くと、 森は深く一人では少し不気味な感じさえする。 この山道は主として東平から別子山への生活道路として建設されたものである。 山道脇はいたるところがきれいに石積みされ、 場所によっては赤レンガで何かを設置した跡がある。 そして10分も歩くと赤い遠登志橋…
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経堂『大転輪蔵』(瑞応寺)。

瑞応寺の境内、東の端の経堂の中に置かれているが、 実物を見ると、青を基調とした極彩色の美しさに驚かされ、 その天井まで届く大きさは四国随一であることはうなずける。 昭和45年に愛媛県の有形文化財に指定される。 この大転輪蔵は明治の神仏分離令の発布時に京都の北野天満宮より譲り受け、 その実現には住友初代総支配人広瀬宰平氏の尽…
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船木大久保の榎(エノキ)。

元々は民家の魔除けとして植えられたもので、 樹齢は270年と推定される巨木。 昭和50年に新居浜市の天然記念物に指定されている。 根周りは7m、高さ27m、幹回り3.7mもあったらしいが、 現在では枯れてしまいその面影はない。 根元には朽ち果てた表皮が散らばっているのが残念。 市の天然記念物に指定されただけあって、 …
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堀江神社(平成21年1月28日掲載)。

少しだけ内容と写真を変えて再編集したものをアップしました。 この神社には有名な絵馬が奉納されている。 『渡辺綱鬼女退治図』と呼ばれている大きな絵馬で縦114.4cm、横75.5cmもあるが、 現在は一般公開はされていないらしい。 作者は関石、寄進者は河野光通とされているが、いずれも詳しい経歴、史実ははわかっていない。 …
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瑞応寺の大銀杏(平成20年12月2日掲載)

少しだけ内容と写真を変えて再編集したものをアップしました。 この銀杏は1本の幹を囲むようにして4本の幹からなり、 その根周りは14m、高さ25m、推定樹齢は800年以上にもなる雌雄の巨木である。 昭和31年に愛媛県の天然記念物に指定されている。 今から180年位前に火災にあったが、上の部分は焼けたがその生命力は素晴らしく…
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オオモミジ(平成20年11月14日掲載)

少しだけ内容と写真を変えて再編集したものをアップしました。 平成15年に新居浜市の記念物に指定されている。 樹齢は推定300年以上越えていると思われ、 木の高さは推定18m、幹周りは3.12m。 この種は全国に分布しているがこれほどの大木は珍しい。 場所は別子山に続く県道脇。 南光院前の県道を挟んで南側の一段低くなっ…
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金子城跡(平成20年11月6日掲載)。

少しだけ内容と写真を変えて再編集したものをアップしました。 頂上付近は駐車場でそこから藤棚をくぐって展望台に行く途中に金子城跡があったよ。 その道筋には、多分、篤志家の人たちによってだろうが、 お地蔵さんが88ヶ所になぞらえて祀られているよ。 金子城は源平の合戦での手柄により新居郡の地頭職になった金子氏の居城。 …
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宗像神社(平成20年10月10日掲載)。

少しだけ内容と写真を変えて再編集したものをアップしました。 宗像神社は昭和60年に新居浜市の史跡に指定され、 その創建は飛鳥時代に遡り、四国山脈の水によって豊かであった庄内の地で奉られ、 その凄い歴史を脈々と今日まで受け継いできた由緒ある神社。 社叢にはクスノキやイチョウなど何種類もの草木が繁り、 その中でもクスノキの…
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南光院本坊圓通寺(平成20年10月18日掲載)

少しだけ内容と写真を変えて再編集したものをアップしました。 大永山トンネルを抜けて47号線を別子山方面に車を走らせると、 南光院は道路の北側沿いの山端に建立されている。 山寺らしい威厳に満ち溢れた現在の南光院は明治12年に再建。 1706年、住友家が南光院快盛法印を別子銅山に迎え、 死後、その徳を偲び銅山の守り神として…
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東台神社。

今日ではすぐ側を広いバイパスが通っているけど、 それまでは、所謂、村の鎮守様、と言った呼び方がぴったりの神社で、 そんなに広くない境内にいると昔懐かしい気分になるよ。 拝殿と本殿は当然ながら、境内もきちんと掃除をされており、 地元の人々に根ざした神社だと言えるんじゃないかなあ。 なお、神事は外山町の浦渡神社が司っているよう…
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久貢屋敷および蘇鉄(平成20年9月15日掲載)。

少しだけ内容と写真を変えて再編集したものをアップしました。 昭和53年に新居浜市の史跡に指定された久貢(くぐ)屋敷は、 昭和34年に国の方針によって幕を閉じた多喜浜塩田の基盤を築いた天野喜四郎元明の屋敷跡。 また、塩田を始めた記念として敷地内の植えられたとされるソテツは 昭和32年に愛媛県の天然記念物に指定されている。 …
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金子備後守供養塔およびお墓(平成20年9月3日掲載)。

少しだけ内容と写真を変えて再編集したものをアップしました。 正法山慈眼寺の本堂の裏山の斜面の一角にひっそりと建てられ、 昭和60年12月5日新居浜市の史跡に指定されている。 供養塔は備後守のものでお墓は真鍋一族の武将のものとされている。 戦国時代当地を支配していた金子備後守(かねこびんごのかみ)は、 豊臣秀吉(羽柴秀吉…
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一宮神社(平成20年8月29日掲載)。

少しだけ内容と写真を変えて再編集したものをアップしました。 なんと言っても太鼓祭りのメッカは一宮神社。 ただ太鼓祭りだけでなく、神社内にうっそうと茂る90本のクスノキ群も見事な景観だよ。 中で一番大きなクスノキは幹周り9.5m、高さ29m、樹齢1000年でもはや神木化しているよ。 参道の入り口の楼門には格式と威厳を保つよ…
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唐津塚(平成21年4月2日掲載)。

少しだけ内容と写真を変えて再編集したものをアップしました。 江戸時代の末に発掘されかなりの数の土器が出土したとされているけれど、 この池を造成した際、周辺は形状を変えてしまった為、 現在ではどんな古墳であったかは確認出来ない。 広瀬公園の亀池の西南の木立に中にひっそりと祀られている。 気を付けていないと見逃してしまいそ…
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口屋跡の老松(平成20年8月28日掲載)。

少しだけ内容と写真を変えて再編集したものをアップしました。 口屋とは別子銅山で精錬された粗銅を大阪方面に輸送する為に、 1702年(元禄15年)開設された玄関口の事を指すそうだ。 こりゃ、想像以上に歴史があるなあ。 そもそも『登道』の地名の由来も口屋と関係が深いらしいよ。 別子銅山の粗銅を運ぶのは『仲持ち』と言われた人…
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武徳殿(平成20年8月26日掲載)。

少しだけ内容と写真を変えて再編集したものをアップしました。 新居浜市民ならその存在は誰でも知っているし、 この前を通ったことがあると思うんだ。 堂々とした風格で辺りを見下ろすような威厳に満ちた建物が残っているのは素晴らしいよ。 昭和13年に『武徳殿』と言う命名通り武道の高揚を目的として、 初代新居浜市長の退職金(町長の…
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五輪塔(平成20年8月12日掲載)。

少しだけ内容と写真を変えて再編集したものをアップしました。 五輪塔は仏教の中で、宇宙の五大要素を象徴し、 それぞれ上から空、風、火、水、地を表しているといわれています。 一説では五体満足といわれるように人体を表しているとも言われているそうです。 本来、塔はお釈迦様のお墓という意味があり、 仏舎利あるいはその代わりとして…
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つづら淵(平成20年8月22日掲載)。

少しだけ内容と写真を変えて再編集したものをアップしました。 マルナカ若水店東側駐車場の一番奥にあるのが『つづら淵』。 自噴しているかしているのかどうかは定かではないけど、 この水を汲みに来る人が結構多いのはやはり自噴水なのかなあ? そもそも、この淵は古く奈良時代まで遡り、 東大寺の荘園だったこのあたりは収穫された米穀の…
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正光寺山古墳群。

新居浜市のJR新居浜駅土地区画整備事業に伴って、 以前より注目をされていた正光寺山の発掘調査が行われ、 4000点にものぼる貴重な遺物が発見されました。 詳しくは新居浜市教育委員会発行の冊子『正光寺山古墳群』をどうぞ。 ここには全部で6箇所の古墳があり1号墳からは全国的にも珍しい遺物が出土され, 発掘調査の後、古墳群及び周…
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新緑の広瀬公園。

広瀬公園には何度も訪れているけど、 桜の咲き乱れる季節もよし、 紅に燃ゆる季節もよし、 以外なのは新緑の広瀬公園もいいもんだよ。 マイナスイオンが一杯で散歩していても、 薫風が鼻の奥まで通り抜けるようで実に気持ちがいいよ。
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エントツ山(生子山)への新登山道。

エントツ山への新しい登山道が出来たのでワシも試しに登ったよ。 従来の登山道は http://67863178.at.webry.info/200908/article_10.html に記事をアップしたけど、 新しい登山道は人一人がやっと通れるくらいの幅しかないし、 折り重なるような道筋になっているから結構きついかな。 それ…
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高柳泉の緑藻がきれいだな。

今の時期、水中に生えている緑藻は本当にきれいだな。 そして、よく見ると大きな黒鯉が何匹かいるし小さな魚もかなりの数泳いでいるよ。 また、水底から砂を吹き上げてところどころ湧水が吹きあげているのがよく見えるし、 だからこそ、いつも水は澄んで枯れることがないんだなあ。 吉岡泉を久し振りに訪れたけど岸辺にはテラスのようなものが設け…
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修復の終わった生子山(えんとつ山)。

半年以上も工事が行われていたけど、 3月31日で工事も終わったので早速登ってみたよ。 そして工事用の車両や重機が通った跡が残っているので、 道は以前より広くなっているのもうなずけるよ。 ただ途中で休息する為のベンチが無くなったのはちょっと残念だけど、 後日新たに設けられることを期待したいよ。 反面、広くなった為にかなり登…
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広瀬家墓所。

平成16年に新居浜市の文化財に指定されている。広瀬宰平、伊庭庭剛、鈴木馬左也、鷲尾勘解治、これらの翁たちは新居浜市に発展になくてはならなかった人たちで、その中でも広瀬宰平は別格と言えよう。 今更、ここで広瀬宰平の功績を記さないけど、墓所は高速道路の南側(山田町)すそ野にあり、案内板が出ているからすぐわかるが、登り口から続く坂はかな…
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唐津塚。

江戸時代に発掘された、文献によると多くの土器が出土。広瀬公園の中にあって、後に池を作った時に壊され地形も変わり墳形がどのようなものであったか知る由もない。昭和52年新居浜市の文化財に指定されている。
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法泉寺の椋木(むくのき)

昭和52年に新居浜市の天然記念物に指定されている。樹齢500年は越えているとされていて周囲5.3m、高さ20mを誇り辺りを威圧する様はもはや御神木になっている。 ≪解説≫ ムクノキは関東地方以西の温暖な地域に生育する落葉高木。南西諸島や台湾、東南アジアにも生育する。和名は良く茂る木の意味「茂くの木」であるという。成長速度は速く、…
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赤レンガ塀は・・・、

金毘羅街道(通称旧国道)沿いに3ヶ所残されているよ。 広瀬邸の中にも赤レンガ塀の1部が残っているが、 この3カ所は新居浜市の文化財に指定されることも無く、 それでいて歴史を感じさせるのに十分な何かを感じさせているよ。 まわりの町並みともそんなに違和感を感じないし、 不思議なほど自然な形でなじんでいるよ。 …
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