テーマ:新四国八十八か所

長野青林庵。

ワシがこの庵を初めて訪れたのは8年前。 その時の様子は下記をクリックしてみて下さい。 https://67863178.at.webry.info/201205/article_26.html 8年前と全くと言っていいほど変わっていない。 多分、地元の有志の方々が日頃からお世話をされているんだろうな。 それが証拠に庵の敷地…
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阿弥陀寺(船木池田)。

船木の住民になって思ったのはこの広い船木にはお寺はここだけ。 種子川を越えた角野地区には古刹の慈眼寺や薬師寺などがあるのに、 船木地区には何故この阿弥陀寺だけなんだろうな。 それにしても、このお寺はいつもきれいに手入れされているなあ。 まるで住職の人柄が表れているようで気持ちがいいよ。 機会があれば住職と酒でも呑みながら仏…
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船木地蔵堂(元船木)。

この地蔵堂の傍らの六地蔵は本当にきれいな顔をしているよ。 決して大袈裟でなくワシが拝観した中で一番だな。 少し面長で上品な顔立ちを観ていると心が癒されるなあ。 めったに拝観することはないけど、それでも、 この六地蔵を思い出して年に2、3回は訪れているんだ。 正直、何の懺悔もしないんだけど、手を合わせるだけで心が洗われるよ。…
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8年振りくらいで長川毘沙門堂に行ったよ。

その時の様子は貝にアップしたから興味のある方はどうぞ。 https://67863178.at.webry.info/201108/article_4.html お堂のすぐ北側を高速道路なのに実に静かなのが印象的だな。 周りに民家はないんだけど、実にきれいに掃除が行き届いているよ。 と言うことは、普段からお参りしている人がい…
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久し振りに久保原観音堂に立ち寄ったよ。

この日は春の温かい陽射しに誘われて車で出掛けたんだ。 以前は久保原観音堂周辺を自転車で走っていたけど、 考えたらその頃から10年くらい経っているなあ。 その頃、観音堂を訪れた時のことはアップしていたので参考に。 https://67863178.at.webry.info/201109/article_1.html?1584…
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新四国八十八か所 第1番札所阿島大師堂。

とにかく新四国八十八か所はここから始まる。 2番札所の安養寺の南側にあり、 弘法大師が大蛇退治をした時の泉跡が残っている。 境内の足を踏み入れると目に飛び込んでくるのは、 四国八十八か所の御本尊が形取られた88個の石仏が目に飛び込んでくる。 それに市内で一番高い常夜灯が目に付く。 …
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新四国八十八か所2番札所 安養寺( 新居浜市阿島)。

本堂の裏手には墓地があり周りは水田に囲まれている。 境内は掃除が行き届いているし鐘突堂の白さが面白い。 全体的には派手さの無いけど、素晴らしいお寺さんである。 真言宗、御本尊は薬師如来。 始まりは室町後期とも言われ、 弘法大師がこの地に棲んでいた大蛇を退治したと伝えられている。
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正法寺(新居浜市大生院)。

正法寺はワシの実家が檀家なんだ。 ワシ自身も子供の頃から境内でよく遊んだし、 無条件に愛着のあるお寺さんである。 正法寺についての詳細はホームページをどうぞ。 http://doki02.dokidoki.ne.jp/home2/taikan/ 山の麓にへばりつくように建立されていて、 近年、本殿、薬師堂等々は建て替…
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新四国八十八か所20番札所 坂の下大師堂。

以前にこの大師堂はアップしたことがあるけど、 (参考 http://67863178.at.webry.info/200912/article_31.html) 改めて心を込めてお参りしてみると新しい発見があるなあ。 確かに、交通観音様は篤志家の手によるものだけど、 お大師様を祀っているお堂は風雨でかなり傷んでおり、 この…
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新四国八十八カ所 41番札所井出口大師堂。

初めてここを訪れたのはもう4年以上も前。 その時はなかなか見付けることが出来なくて諦めかけたんだ。 と言うのはお寺のようなお堂をイメージしていたからね。 それが白いプレートが目についてここが井出口大師堂だとわかったんだ。 お堂と言うには程遠くそれこそ粗末な納屋のような建物だよ。 これじゃ、わからないはずだったよ。 新…
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新四国八十八カ所 22番札所道面地蔵堂。

新四国八十八カ所の中でブロック造りのお堂はここだけで、 それも平屋根だし、正直、お堂の雰囲気はないだけに、 自治会館(木造)と隣接しているものの違和感はない。 お堂の中は真っ暗で何を祀っているのかわからないけど、 お参りをする人もあまり居ないような割には、 新鮮なハナシバは供えられている。 …
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新四国八十八カ所 43番札所旦の上観音堂。

何軒かある住宅地区の一角にある。 お参りをする人もほとんど居ないようで、 お堂の何箇所は朽ち果てている。 残念ながら10年、20年後は取り壊されているかも知れない。 やはり昔の人のような純粋な信仰心は薄れてしまい、 このようなお堂は時代の流れに埋もれてしまう運命なのだろう。 実に残念である。 …
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新四国八十八ヶ所 40番札所上原地蔵堂。

このお堂は新四国八十八ヶ所の中でももっとも質素な造り。 敷地内には自治会のコンテナが設置されているし、 お堂の中はきれいに掃除をされお参りをする人もいるらしい。 また、お堂の前にはかなり大きな銀杏の木はあるが、 途中で切ってあるのは台風あるいは落雷対策か? とにかく敷地内には何にもないお堂。
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新四国八十八カ所 76番札所岸の下西地蔵堂。

簡素な造りの庵の中にお地蔵様は静かに鎮座。 この辺りの墓地群は小高い丘陵地にあり、 庵はその麓に建てられている。 地元の人がお世話をしていらしく、 お供え物もしっかりと整理され、 新鮮な、はなしば、もきれいに飾られている。
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新四国八十八カ所 47番札所岸の下地蔵堂。

簡素なブロックの庵にお地蔵様が祀られている。 お参りしている人もいるようでお供え物があり、 信仰を集めているのがわかる。 敷地内にはかつては大木だったろう銀杏の木が高さ4~5mで切られている。 恐らく危険防止のために切られたものであろう。 また、立派な宝篋印塔(ほうきょういんとう)が建立されている。 …
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新四国八十八カ所 44番札所旦の上薬師堂。

この札所は旦の上自治会館のすぐそばにあるけど、 このように自治会館等に併設された札所も多いよ。 もっとも札所が先か、自治会館等が先かはわからないけどね。 ただ、ひとつだけ言えることは、 この薬師堂も昔から地域の中では親しまれているんだろうな。 そのことはお供え物を見ているとよくわかるよ。
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新四国八十八カ所 55番札所本郷地蔵堂。 

敷地内には新興住宅地には不釣り合いな銀杏の大木があり、 対の石灯篭(常夜灯)は左右対称でないのが面白い。 創建は1766年。 なお、敷地内の石柱には63番と刻まれているが、 資料によると63番は北谷寺のことなのだが、 どちらが正しいのか知る由もない。
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新四国八十八ヶ所 7番札所下郷阿弥陀堂。

山の麓にそのお堂はひっそりと建てられている。 このようなお堂はお墓に囲まれていることが多い。 多分墓守の意味合いがあるんだろう。 下郷阿弥陀堂が他のお堂と違うのは、 亡くなれた方の法要の予定が掲示されていることだ。 このことはお堂が地域に深く根ざしているんではないか。 また、面白いのは半鐘が2ツ設けられている。 一…
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新四国八十八カ所 14番札所上泉毘沙門堂。

このお堂の近くに寛政年間の文字を刻んだ常夜灯があるが、 元々のお堂の建立の時期と一致することが推測出来る。 寛政年間は西暦1789年から1800年までを言う。 現在のお堂は昭和55年に建立。 寛政の文字がはっきりと読み取れる。 常夜灯のある場所。
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3年3ヶ月振りで訪れた 新四国八十八か所 19番札所 光明寺不動堂(粟嶋神社)。

市場川に架かる鉄製の赤い橋を渡って苔むした参道に足を踏み入れたけど、、 3年3ヶ月前とほとんど変わっていなかったよ。 この付近は以前からちょくちょく通っていたけど、この橋を渡ることはなかったんだ。 この日は、たまには渡ってみるか、と軽い気持ちで渡ってみたんだ。 短い参道を歩いて急勾配の70段の階段を登り切ると、 そこには以…
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新四国八十八カ所 38番札所篠場地蔵堂。 

新四国八十八カ所には集会所や自治会館と併設している札所が結構多い。 うっかりしていると通り越してしまいそうなほど、 なんら特徴もそれらしき雰囲気のない地蔵堂である。 敷地内には1体のお地蔵様も置かれていないし、 とにかくあっさりとした空間しかない。 ただ、建立は相当古いらしい。
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新四国八十八カ所 62番札所 久保田地蔵堂。

かつては久保田町の東川沿いの道に建てられ、 毎年旧の8月23日にはお祭りが行われていた。 写真はそれまでの地蔵堂。 現在は西の土居町の北谷寺の墓地の一角に建てられているが、 正直、簡易な造りでお堂らしさには欠ける。 祀られているのは地蔵菩薩か?
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大蔵院深谷寺(新四国八十八カ所 39番札所 山田薬師堂) 。

道沿いにひっそりとたたずんでいるお寺さんで、 不動明王を本尊なのだけど、本堂も決して大きいとは言えないし、 はっきり言って、見逃してしまいそうだよ。 ところが、このお寺さんはかつては古刹で開祖は今から1130年以上も前らしい。 それに、嵯峨天皇の皇后の菩提の為に建立されたらしいから凄いよ。 じっくり探してみると、新居浜にも…
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新四国八十八ヶ所 57番札所 土橋地蔵。

地元の方々の奉仕でこの庵もきれいに掃除されている。 ワシの勝手な推測だけど、このような庵やお堂は、 元来、墓守の為の庵とか休息所として建てられたんじゃないかと思うよ。 まあ、その辺の真偽はともかくとして、 現在では老人会の集会所として利用されて いる場合が多いよ。 この地蔵堂もそうなんじゃないかなあ。 新四国八十八…
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新四国八十八カ所 83番札所松神子泉大師堂。

かつては、もっとひっそりと建立されていたお堂なのだろうが、 時代の流れの中で現在のようなたたずまいになったのだろう。 すぐ近くの道路は拡張され新築住宅が建てられ、 肩身の狭くなった札所も多いような気がする。 ただ、どんな状況に置かれていても多くの札所には、 お世話をしている人がいてきれいに掃除されているのがいい。 そして…
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新四国八十八ヶ所 13番札所下泉川林香庵。

周りは新興住宅地と墓群で囲まれた静かなところにある。 お堂の隣には老人会の建物もあり、地元に人々に親しまれているのがわかる。 ご本尊は十一面観音様でありお堂は建物は寛文年間(1660年)に建てられたらしい。
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